伊那谷の有機・自然栽培
リレー講義

「漬物と信州の伝統野菜」 松島憲一さん—植物遺伝育種学が専門、
信州大学学術研究院農学系准教授

全5回のリレー講座を締めくくるのは、長野県上伊那郡南箕輪村にキャンパスがある信州大農学部の松島憲一准教授。トウガラシが専門ですが、長野県の「信州伝統野菜認定委員」を務めていて、県内外の伝統野菜の特徴や歴史、魅力のほか、伝承における課題についても大変お詳しい先生です。お話のテーマは「漬物と信州の伝統野菜」。有機農業との意外な関係性についても語っていただきました。

(以下の文章は、農ある暮らし学び塾オンライン第5回として動画配信された講義の内容を再構成したものです)

■存続危うし?!日本の伝統野菜の今

伝統野菜というのは、一般的な野菜と違って、地域の食文化とセットになって残っているものなんだということが重要だと思っています。ですが、いろいろな問題点があるんです。一つは、開発品種の作付け拡大です。開発品種というのは、農業試験場や種苗会社が作った品種ですが、そういったものは品種改良されているので、たくさん取れて病気に強く、高品質なわけです。それがどんどん広がっていく一方で、伝統野菜は収量も低いし新しい病気に対応できなかったりするので、どんどん置き換わって少なくなってきているという問題があります。

二つ目に、食生活がどんどん変わってきています。高度経済成長期に食生活の西洋化が進みました。きょう皆さんは朝何食べましたか。パン食べました?ご飯食べました?パンって方も多いと思うんですよね。日本人なのになんでパン食うんだってことはもう言えないですよね。「スパゲッティなんて食べるな、うどんを食べなさい」とはならないですよね。けれどもそうした食生活の西洋化で、元々毎日のように食べていたお漬物が食べられなくなってきたりすることもあり得るわけで。そうすると生産量も下がっていきます。地域行事や家庭行事が簡素化していることも影響しています。お祭りのときに振舞っていたお料理に伝統野菜が使われていたんだけど、過疎化で人が少なくなってそういう行事が少なくなってきて、料理もなくなっちゃうってこともありうるわけです。

それから三つ目が一番深刻なんですが、伝統野菜の栽培者や伝統料理の伝承者が高齢化してきているという問題があります。中山間地全体が過疎化していますが、伝統野菜が残っているのはこうした地域が多いんです。そのため、こういう所の栽培者、伝承者の高齢化や地域の過疎化がどんどん進んでいくことで、伝統野菜は絶滅の危機にあります。

■3つの視点で考える、伝統野菜の存在意義

じゃあ、伝統野菜なんて古臭いものにずっとしがみついてる必要ないでしょ。買ってきた品種使えばいいじゃないですかってことになりませんか?そう思われる方もいらっしゃるかもしれません。それはそれで一つの農業の方向としてありだと思います。けれど、伝統野菜には必要とされるだけの重要性があるんですよね。その一つが「科学的重要性」です。我々学者サイドの意見なんですけど、こういう伝統野菜は遺伝資源として重要であると。ずっと昔から作られているから、今の新しい品種にはなくなってしまったような遺伝的特徴を持っているかもしれない。まぁ持っていないことも多いんですけど。持っている可能性もある。そういう物を使って研究したり品種改良したりするための遺伝資源として重要であるということです。

次が、「文化的重要性」です。地域の食文化を伝承する素材として伝統野菜があるわけでして。例えば、長野県でしたら、松本城は日本最古の木造城郭だから保存していかなきゃいけないというのは分かりますよね。善光寺や諏訪大社の建物が古い建物だから保存していかなきゃいけないというのもそうです。だけれど、皆さんの地域の一番身近な所にあって、昔から継いできている伝統野菜や郷土食っていうのは、僕は古い建物よりももっと重要だと思うんです。そういう地域の食文化を伝承する文化財として、伝統野菜は重要であるということがあります。

それから最後に、「経済的重要性」。他地域との区別性、歴史的な物語性を有する地域の特産物として重要であるということです。例えば、江戸時代に何々さんが持ってきてどうのこうのという言い方で“他にはない物”として売っていく重要性があります。「これ、すごいおいしいナスだけど、どこにでもある有名種苗会社のナスですよ」っていうのと、「これ、すっげーおいしいナスですけど、ここにしかない、ここだけのナスですよ」って言ったときに、どちらを買ってもらえるかということですよね。ということで、科学的にも、文化的にも、経済的にも重要なのが、伝統野菜ということになります。

■伝統野菜は「おいしい文化財」!有機農業との意外な関係性も

最後に、有機農業と伝統野菜の関係についてお話させていただきます。伝統野菜って、地域のあるおうちでずっと作られていて、要は出荷するものじゃなかったんです。うちで作るときも、例えば下伊那郡阿南町の「鈴ヶ沢(すずがさわ)なす」は落ち葉の堆肥だけで作っているんですよね。そうやって自然に有機栽培をずっと続けてきたから、そういう栽培に向いている野菜なんですよ。そこに化学肥料ドバドバってやってもあんまり効果がないということが、最近私たちの研究で分かってきているんですよね。もちろんお店で売っている普通の品種は、肥料をバンバン吸っていっぱい実をならせるように品種改良されていますから、肥料をやった方がたくさん取れますよ。だけど、伝統野菜はそうじゃないことがどうも多そうです。ナスだけじゃなくて他の品種もそうです。長年、各地域で有機農業的に栽培されてきたものですから、有機農業向けの品目である可能性が高いんです。肥料をやったらバンバンなるやつもあるんですけど、物によってはこういうことが考えられます。ですから、有機農業でやってみようという方、地域のお許しを得られたら、ぜひ伝統野菜も作っていただければと思います。

それから、伝統野菜と漬け物や郷土料理はセットで伝承されています。産業というよりは文化財として伝統野菜があると。だから、伝統野菜を売るのは一般の野菜と違って、半分以上はその地域の文化を売っているようなものなんです。それを消費者の皆さんに分かっていただいた上で買ってもらえると、ファンになってくれる人も出てきて、継続的な販売につながっていくと思います。伝統野菜と中山間地農業ですけど、どちらも衰退の一途です。けれども、田舎には都会にない良さがあるんです。だから、観光バスで大量の人がバーって来て帰っていくというのではなくて、田舎の良さが分かる人たちに来てもらって、ずっと毎年来てもらう。観光バスの人たちは一回来たら「もうあそこは行かないっ」てなるけれど、また戻ってきたいと思ってもらえるような地域になれればいいなと思っています。そのためのツールが伝統野菜だと思っていただければなと思います。

伝統野菜と郷土料理は地域の宝、おいしい文化財です!

【プロフィール】

松島憲一(まつしま・けんいち)さん
信州大学学術研究院農学系准教授。博士(農学)。専門は「植物遺伝育種学」で、トウガラシやソバなどの遺伝資源探索、遺伝解析、品種改良および民族植物学的な研究をしている。また、それら研究を通して地域活性化の支援もしている。長野県の信州伝統野菜認定委員。

本編はこちらから⇒農ある暮らし学び塾オンライン第5回(2020年11月24日)

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