伊那谷の有機・自然栽培
リレー講義

「自然栽培の意味と本質・世界を目指す高規格米づくり」
 細谷啓太さん—自然栽培米を輸出、農業生産法人Wakka Agri統括マネージャー

長野県伊那市長谷の山奥の棚田でコメを自然栽培する農業法人・Wakka Agri(ワッカ・アグリ)。人口減少に直面する他の中山間地と同様、この地でも耕作放棄地が増えています。細谷さんが所属するWakka Agriでは、荒れ果てた棚田をよみがえらせ、無農薬で安心という付加価値を乗せてコメを全量輸出しています。細谷さんには「自然栽培の意味と本質・世界を目指す高規格米づくり」の二本立てで話していただきました。
(以下の文章は、農ある暮らし学び塾オンライン第3回として動画配信された講義の内容を再構成したものです)

■「土と作物の力を引き出す」、自然栽培という“考え方”

「自然栽培の農業の定義は」と聞かれると難しい面がありまして、大まかには「肥料や農薬を投入しない農業」と定義できるのですが、細かく言えば、「一般の農地からどれだけ距離が離れていれば自然栽培と言えるのか」、あるいは「一般の農地から何年たてば自然栽培の農地といえるのか」というのがなかなか難しいのが現実です。そこで、自然栽培というのは農法として捉えるよりも考え方として捉えた方が的確に表現できるのではないかというのが今の私の考えです。

端的に言えば、土と作物の潜在的な力を引き出す農業だと私は考えています。例えば、左の図に示したような、世の中の99%の農業というのは、作物に養分を与えるために肥料を投入したり、病気や虫の被害を減らすために農薬をまいたりします。これは、私たちが風邪をひいた時に、点滴を打ったり薬を飲んだりというやり方とよく似ていると思います。

一方で、自然栽培は肥料や農薬といった外部からの資材を一切投入しません。ですから普通に考えると養分が不足して作物の成長が弱まったり、病気や虫が多発したりすると考えるのですが、自然栽培の考え方はそうではなく、作物が育ちやすい環境を整える、土の生産力が最大限引き出される環境を整える、といった観点から生産活動を行います。これは私たちが風邪をひかないように、事前にバランスの良い食事を取ったり、運動をしたり、適度にストレスを感じるぐらいのいいメンタルの状態を保つということとよく似ていると思います。ですから、自然栽培というのは何も入れないではあるのですが、土や作物を健康に保つために、事前、事前に対策を行う農業だという風に考えています。

無肥料でコメ作りを続けていると、毎年収穫した分のコメの栄養素を持ち出すから、いずれ土の養分がなくなって作物が育たなくなるのでは、と質問されることがあります。確かに稲の生育にとって重要な窒素について考えますと、コメを収穫することで毎年1反あたり4.7キロほどの窒素を持ち出していることになります。これを補填しなければ土からどんどん窒素が減っていくように見えます。ところが土というのはそれほど単純な足し算・引き算の仕組みではできていません。右の図のように特定の微生物種がいる場合、収穫によって持ち出されるのと同じくらいの窒素が土に還元されることが推定されています。

実際に京都大学が無肥料水田の収量を長期的にモニタリングしたデータがあるのですが、それが左のグラフです。上の白丸の折れ線が「一般の栽培」の収量で、だいたい1反あたり480キロあたりを推移していますが、その下の「無肥料栽培」では360キロから400キロぐらいの収量を維持していることが分かります。このように、特定の微生物が優占するという条件付きではありますが、そのような環境を整えれば、土壌中の窒素も減少しないし、収量も減少しないということになります。

■ハワイ・ホノルルにあった「玄米×自然栽培」の原点

私たちが伊那市長谷の集落で作っているお米は、香港、台湾、シンガポール、ハワイのホノルル、そして昨年からは新しくニューヨークへも輸出されています。右の写真は今年1月に私がお米のPRでニューヨークへいった際にタイムズスクエアで撮った写真なのですが、ニューヨークは健康志向のお客さんがかなり多いので、そういった方たちに向けて自然栽培のお米をPRしてきました。

今述べた5つの国と地域には、Wakka(ワッカ)の名前が付いたグループ会社がありまして、私たちのお米はそれらの店舗でグループのプライベート商品として独占的に販売しています。さらに、物流においてもWakka Japan(ワッカ・ジャパン)という商社機能を持ったグループ会社が札幌にあり、冷蔵のコンテナを使うなど輸送時の品質管理を徹底しています。左の図の中心にあるのがWakka Agri(ワッカ・アグリ)ですが、この3年の間に自然栽培米を原料としたさまざまな加工品を開発し、今は甘酒、切り餅、みりん、ポン菓子、そして今年からは日本酒と充実してきています。このように輸出先が増え、それぞれの国で少しずつ認知が進んできたおかげで、長谷で耕作する面積も毎年増えているという現状です。

農業法人を立ち上げる際に、代表の出口はどんなお米を作るのかについてもよく考えました。お米の品種を選ぶにあたって、大きな出来事となったのはハワイでの実体験です。元々ハワイは日系人が多く住んでいるので、ロコモコやスパム握り、新鮮なマグロを使用したポケ丼など、米食文化が浸透しています。こちらはホノルル市内のスーパーのお米売り場の写真です。ぱっと見日本のスーパーとあまり変わりませんが、なんとこの左側の棚の写真は全部が玄米です。玄米が平積み、しかも種類も重量も複数あってバラエティ豊かです。日本のスーパーで申し訳なさ程度に隅っこに1種類、多くても2種類売られている玄米と比べると、驚きの光景です。ホノルル市街の一般的なレストランでプレートランチを頼むと、必ず「ホワイトライス?ブラウンライス?」と聞かれます。つまり白米か玄米か選んでくれと常に言われるほど玄米食文化が浸透している、そんな場所がハワイです。

こうしたハワイの玄米食文化に目を付け、玄米食に特化したお米を作ろうと代表の出口は考えました。またアメリカには、特に残留農薬など食べ物の安心安全を気にされる方が多いので、残留農薬の心配が一切ない無肥料・無農薬の自然栽培で作ることを決めました。こうすることによって、栄養豊富な胚芽部分や米ぬか層も余すことなく食べていただける唯一無二のお米を作れると考えたのです。

■主力は南アの水で育つ希少種「カミアカリ」

そこで出会ったのが「カミアカリ」というお米でした。画像の通り胚芽の部分がとても大きいのが特徴のお米です。右の写真では、左側がコシヒカリ、右側がカミアカリです。胚芽の部分の大きさが通常の3倍あります。このお米は静岡県の有機農家の松下明弘(まつした・あきひろ)さんという方が、偶然コシヒカリの田んぼの中で見つけた突然変異のお米です。全国で5軒の農家でしか栽培されていないとても希少なお米です。どうしてもこのカミアカリを作りたくて、静岡県の松下さんの下に足しげく通ってなんとか栽培許可をもらうことができました。そして、2017年4月、「the rice farm(ザ・ライス・ファーム)」というブランド名で株式会社Wakka Agriを設立したというわけです。

Wakka Agriの一番の主力商品がカミアカリです。現在、海外の市場で一番知名度を獲得しているのがこの品種です。お米の胚芽部分というのは元々、食物繊維やGABA(ギャバ)、ビタミンBを多く含んだ部位ですから、胚芽が3倍大きいということは、これらの栄養素も非常に高いということが言えます。実際、私もこの仕事をするようになって玄米、カミアカリを食べるようになりましたが、なかなかGABAやビタミンの効果を実感するのは難しいですが、食物繊維の効果はてきめんで、食べ始めてからお通じが劇的に改善しました。こんなに健康に良い特別なお米を水のきれいな長谷で育てるわけですから、その環境を最大限に生かすために肥料や農薬も一切使用しない、南アルプス源流のピュアな水のみで生産していることが売りになるんです。

【プロフィール】

細谷啓太(ほそや・けいた)さん
農業法人Wakka Agri(ワッカ・アグリ)統括マネージャー。海外で日本産米を販売する株式会社Wakka Japan(ワッカ・ジャパン)の生産部門である同社で、伊那市長谷の農場「the rice farm(ザ・ライス・ファーム)」で高規格米を自然栽培している。日本で唯一、自然栽培研究分野の農学博士号を持ち、自身の研究を続ける。長谷で育ったコメは香港・シンガポール・台湾・ハワイ・ニューヨークにある販売拠点へ送られている。

本編はこちらから⇒農ある暮らし学び塾オンライン第3回(2020年8月25日)

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