伊那谷の有機・自然栽培
リレー講義

「有機栽培農家の1年」瀧沢郁雄さん―有機栽培一筋25年、「草間舎」の園主

長野県伊那市で1996年に就農した当時から一貫して有機栽培にこだわる瀧沢郁雄さん。農場名は「草がいっぱいあってもいいじゃないか」ということで命名した「草間舎」ですが、瀧沢さんの畑は本当に隅々まで管理が行き届いていて、除草剤を使わずしてどうやってこの状態を維持しているのか、疑問に思うほどです。今回は「有機栽培農家の1年」と題して、瀧沢さんの日々の仕事との向き合い方についてお話していただきました。
(以下の文章は、農ある暮らし学び塾オンライン第1回として動画配信された講義の内容を再構成したものです)

■草がないのに「草間舎」?

うちは「草間舎」っていう名前なんですが、実は結構きれいにしています。有機栽培をやっている中ではきれいな方なんじゃないかと思いますね。釣りに行ったりしたいんで、仕事はさっさと片付ける。それでも片付かないんですけど、適期の初期除草は徹底してやっています。 たぶん草取りのタイミングが皆さんが想像しているのと違います。あとは、管理機や手道具を使って可能な限り片付ける。1本1本手で引き抜くみたいな草取りは基本的にほぼしません。これをやっていると時間が膨大に必要になってくるので、手が回らなくなってしまいます。それをしないように管理しています。

作物に無害な草はあってもいいかなっていう見極めはできているので。「この草はあってもいい」「この草は抜く」といった判断をしています。草の種類と作物の種類によって考えてやっています。つまり、管理や収穫時に邪魔にならない草はあってもいいよということです。草は生やしても、種は落とさないように管理しています。やっぱり新しい種が落ちると、次の年の草の発芽量が全然違うので。

■草が見えないうちが勝負所

これが大豆の除草の写真です。管理機を3回くらい入れるだけで、草がほとんどない状態に持っていけます。大豆やジャガイモがそうなんですけど、1枚の畑で単一の作物をそれなりの量作って管理機だけで除草管理ができると、その年はほとんど草の種が落ちません。そうすると次の作では、大豆の後うちはニンジンが来るんですけど、初期成育が遅くて草に負けやすい作物にはすごい有利ですね。この後にニンジンを入れるっていうのは、そういうことも考えてやっています。だから大豆の除草は意地でもきれいにする。それが次の年につながっていくわけです。

これがニンジンの除草ですけど、左上の写真は前の年、大豆の畑だった所です。よく見えませんが発芽したてのところですね。発芽したてでニンジンの発芽が遅いので、草もちょっと出ています。ほとんど見えませんけど、このタイミングで手押しの除草機を入れてやる。ギリギリのところで。そこから2週間くらい経ったのが右上の写真で、除草機を入れた所の草は小っちゃい。それからニンジンの所に残っているものは手で間引きながら取っていくんですけど、無駄な草は取らない。間引いた後は、下の写真のようにちゃんときれいになっています。

■虫や獣との向き合い方

害虫や鳥獣害に対しては、必要に応じて対策を取っています。農薬を使う人は必要に応じなくても、時期でまいていますよね。でも僕はよく観察して(対策が)必要なのか、必要じゃないかっていうことを経験で判断しています。防虫・防鳥ネット、電気柵は使っています。電気柵は獣除けです。これも張ればいいってものじゃなくて、張ると草取りがしにくくなったりと管理が面倒になってくるので。極力張りたくないのですが、必要に応じてやっています。あとは必要に応じて捕殺。放っておいても益虫が定着しなかったり増えていくぞっていうのが見えているものは、捕殺です。虫なんかも本気で取る時は取ります。シカやイノシシもやっぱり電気柵で囲うだけではなくて獲ります。

対象生物の生態を調べて被害軽減につながるような環境を作ります。種をまく前に草ボーボーだった所で急いで畑を作って作物を植えたりすると、ネキリムシがいっぱい住み着いたところに植えることになって良くないので。植える前の1か月、遅くとも3週間くらい前には、もう裸地の状態にして、虫が生息できない状態にしてから植えたりします。益虫が速やかに繁殖する環境を作るように努力しています。少量多品目栽培は、いろんな作物が植わって植物相が多様になるんで、益虫も定着しやすくなる。多様な植物相があると、豊かな生物相ができてバランスの取れた生態系ができると。特定の虫だけが多発しにくい環境、いろんな虫がいる環境になります。僕の中で害虫、鳥獣害もそうですけど、対策としての概念というか指針として考えているのは、IPM(Integrated Pest Management、総合的病害虫・雑草管理)という手法で、要は経済的被害が生じるレベル以下に抑制すればいいじゃないかと。低いレベルを持続させることが目的で、若干被害は出ます。でも被害が出ても大損害にならなければいいんじゃないかと。その低いレベルを持続する、そうするとあんまり無理しなくてもやっていけるんです。

■課題は気候変動、でも「やるしかない」

有機農業の日々の管理は何をしているのか。それぞれの作物に適した環境を整えることに努めています。よく観察して、適期に最適な方法で。それが省力になりますし、作物にとってもいいので心掛けています。かん水、追肥、整枝、誘引、間引き、被覆資材の被覆や除去。やるべきことはいろいろとあります。結局、「畑の奴隷」みたいな。けれど、やってあげればよく育つ。だから私はそれでいいと思ってるんです。そうやって20年もやっているので上手になってきたんですけど。課題は温暖化による気候変動です。「10年前はもっと楽だったな」っていうのはすごく思います。種をまけばだいたいちゃんとできていた。それがここ数年は、できるかできないのかが分からない。この2年は台風がすごかったし、冬はすごく暖かかった。それだけでもう全然違いますからね。

今年は雪が一回も降らないくらいの暖冬でした。最低気温もマイナス7度くらいが二日くらいあった程度で本当暖かくて。「これ、虫の動き違うだろうな」と思っていたら、春の葉物のコマツナもチンゲンサイも、虫だらけになりました。今までうちの野菜はきれいなのが売りだったんですけど、こんなことは初めてです。今年の6月は、いきなり5月から7月に飛んだみたいな。それで5月が6月みたいに暖かかったらよかったんですが、5月は逆に、いつもより寒かったですから。すっごいやりにくいです。なにがなんだか分からない。けど、やるしかない。なのでどうもっていくかと言ったら、「ベストを尽くして我慢する」。これは埼玉県小川町の金子美登(かねこ・よしのり)さんという“有機農業の元祖”というか、私の師匠に近い人ですけど。NHKの番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」の中で、やっぱり温暖化で田んぼがめちゃくちゃだといって、こんなことを言っていたんですよ。もうこれしかないです。腐っていると仕事が楽しくなくなるんで、それよりはやっぱり前向きにやっていく。ベストは尽くす。

【プロフィール】

瀧沢郁雄(たきざわ・いくお)さん
茨城県出身の専業農家。1996年に伊那市で新規就農し、20年以上有機農業を営む。農場名は「草間舎」。水稲と小麦、大豆、露地野菜(少量多品目)を栽培する他、50羽の鶏を育て、個人消費者に直接販売している。長野県有機農業アドバイザー。

本編はこちらから⇒農ある暮らし学び塾オンライン第1回(2020年6月24日)

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