伊那谷の有機・自然栽培
リレー講義
「SDGsの理念に沿った酒づくり」 宮島敏さん―日本酒「信濃錦」蔵元、
合資会社「宮島酒店」社長
(以下の文章は、農ある暮らし学び塾オンライン第2回として動画配信された講義の内容を再構成したものです)
■酒造りとは「表現行為」、伊那谷の素晴らしさを伝えたい
■「いいコメだからこそ削らない」、きっかけとなった農家の言葉
酒造りでは、米を蒸した後、こうじをつくります。こうじとは米のでんぷん質を糖化して甘くしてくれる「こうじ菌」のこと。その後、アルコール発酵させます。今度はこうじではなくて酵母という生物ですが、これがアルコールをつくってくれます。これで3週間から4週間置いておくとお酒になります。最終的にこす(絞る)という操作があって、酒かすと酒に分離されます。
精白前の玄米は茶色っぽい色をしています。タンパク質や脂質が含まれているのですが、そうしたものが入るとお酒は苦くなってしまいます。そのため、こうした部分は削り取ってしまう。でんぷんが豊富な中心部をできるだけ使いたいので、そこで「精米歩合」という数字が出てきます。これは玄米に対して残った白米の量になりますが、「吟醸」、「大吟醸酒」はそれぞれ60%以下、50%以下ということで、表面の4割、5割を削り取る。一般的な酒造りはそうした形になります。
例えば50%以下の大吟醸ですと、一週間くらいひたすら精米機を回して、そこに到達するということになります。そうすると、非常に大量の米ぬかが出ます。米ぬかはいろいろなせんべい屋さんに行ったりすることがありますけれど、本来お米として食べられる部分をエネルギーをかけて運んで行ったりするわけで。それはある意味、フードロスではないかと私は考えています。
田んぼの畔である農家さんに𠮟られたことがあります。「どうしてこんなに汗をかいているのにもったいないことができるんだ」と言われました。その農家さんというのが、上伊那郡飯島町の吉川照美(きっかわ・てるみ)さんです。この伊那谷全体の中でも、無農薬栽培の先駆者的な存在で、皆さんの尊敬を集めている方です。この方に𠮟られて、私もはたと目を覚ましました。「いいコメを作ったなら削らずにいい酒を造ろう」と。それで酒税法が改正になった平成16(2004)年から、あえて米を磨かない酒を作り始めました。
■大吟醸に変わる“最高峰”を目指して
安心安全なコメ作りを進めてくる中で、私自身も山好きということもあり、地球環境を大事にするとはどういうことかを考えてきました。
最近、胸の所に17色のドーナツ型のピンバッジを付けている方が増えてきました。これは2015年に多くの国々で合意した「持続可能な開発目標」、SDGs(エスディージーズ)と短縮して言っていますけど、2030年までに国連全体でこういった方向へ向かっていくという目標を示しています。今まで私たちは、人類が王様のように暮らしていて、環境をも自由に使ってきました。そんな時代がこの数十年だと思います。ですが地球の46億年の歴史の中で、いろいろな生物が大絶滅を繰り返しています。人類が誕生してからの20万年などというのは、地球にとってはほんの一瞬の出来事に過ぎません。人類は産業革命以降の300年でこれだけ科学文明を発達させましたが、やりすぎるとしっぺ返しを食らうことになる、それが現在の状況ではないかと思います。
その意味で生活もそうですし、ものづくりも含めて全く別の視点が必要になってくる。これからの地球環境にとって良いのか悪いのか、自分の生き方が良いのか悪いのか、ということを一個一個見つめ直す必要があるんじゃないかと思います。例えば、「大吟醸」が今まで日本酒の世界では最高峰のお酒とされてきましたが、SDGsの価値観からいくと、米を磨いてその中心だけしか使わなかったり、地球の裏側からはるばる運んできたアルコールを加えたりするのは、真逆の考え方じゃないかと思います。
今まではあんまり磨かずに作る純米酒っていうのは苦くてだめだと言われていましたが、よくよく飲んでみると非常に米の味わいが深くて楽しめると。そういうことも含めて、SDGs的に考えると実はこれが非常に価値があるとか、地球環境にプラスになるということがあり、まったく逆の観点からものを考える必要があると思います。アルコールを加えない「純米酒」は、素材を大事にしたお酒と言えます。食文化とも密接に結びついている。アルコールを入れると非常にくどいお酒でもすっきりとさせることができるので、安定した酒造りができるのですが、純米酒はその年々の違いがもろに出ます。でも実はそれが一番の面白味であって、その地域を表すお酒になると考えています。