長谷ってどんなところ?

2022.3月

【長谷住民からのお便り】the rice farm 海外で売れる“米”をつくる。

長谷・中尾には、農薬も肥料も使わないでコメをつくる農業法人がある。農業法人Wakka Agri、ブランド名「the rice farm」。その目的は、健康志向が強い海外で売れるコメをつくること。自身も中尾に暮らす社長の細谷啓太さんが感じている、自然栽培によるコメづくりや地域を背負って立つ大変さとやり甲斐、そしてその楽しさとは?

 

 

注目の集まるザ・ライスファーム

 長野県伊那市長谷、中尾集落、世帯数35、平均年齢66.4歳、子供数0───

 ザ・ライスファームの圃場は、そんな人里離れた山間の小さな限界集落にある。標高1000mを超えた棚田は、天候によっては眼下に雲が望めるため天空の棚田とも呼ばれ、南アルプスの清流が真っ先に流れ込む秘宝の棚田である。ザ・ライスファームのメンバーが「展望台」と呼ぶ最頂部の畑からは、集落全体に広がった水田が一望でき、その数十年変わらない景色は、日本の原風景を思い起こさせる。

 

ザ・ライスファームの圃場。数十年前と変わらない牧歌的な風景が残っている

牧歌的な風景とは裏腹に、ザ・ライスファームの圃場には数多くの視察が訪れる。2020年には国の指定棚田地域にも指定され、2021年には農林水産省主催の「ディスカバー農村漁村の宝」という賞も受賞した。

 

国土面積の大部分が山で占められている日本において、美しい棚田は決して珍しいものではないが、なぜザ・ライスファームにはそれだけの注目が集まっているのだろうか。その秘密は、まさに彼等が現在進行中で繰り広げている取組そのものにある。

 

 

ザ・ライスファームの特徴とは?

ザ・ライスファームの最大の特徴は、“海外輸出専門の稲作農業法人”であるという点だ。2017年、日本産米の輸出・販売事業を香港・シンガポール・台湾・ベトナム・アメリカで展開してきたWakkaグループが、グループの生産部門として設立した会社がザ・ライスファームである。

 

 「作ってから売る」ではなく、「売れるものを作る」をモットーに、玄米食専門の品種「カミアカリ」等を中心に作付けを行っている。加えて最近では、炊飯知識や炊飯環境が十分ではない海外の消費者向けに加工品への注力も強めており、玄米甘酒がワシントンのミシュラン店で採用が決まる等、海外での勢いは著しい。

 

ザ・ライスファームの人気商品である巨大胚芽米カミアカリとそれを原料に製造した玄米甘酒。アメリカの玄米食ニーズにピンポイントでターゲットを絞っている

 

品種に留まらず、栽培の仕方にも強いこだわりを持つ。標高1,000mの棚田には、これ以上は求められない程の濁りのない清流が流れ込むが、そのような環境の価値を最大限引き出すために農薬はおろか肥料も一切投入しない。有機肥料すら入れないのである。

 

自然栽培と言われるこの栽培によってお米を育てることで、玄米特有のえぐみや苦味が消え、玄米が苦手な人でも食べられるようになる。更には、遠い外国の消費者からしても、「何も投入していない」ということは最大の安心材料になる。収穫量は少なくなり、販売価格は高くなるが、海外の消費者にとっては品質や安心に勝るものはない。栽培方法もまた、海外のニーズに即したものなのだ。

 

販路をしっかり確保しながらニーズに合った商品を作る、というその基本姿勢は、ビジネスの基本を忠実に抑えたしたたかな農業法人という印象も強いが、実際にザ・ライスファームの内側を覗けば、田舎ならではののどかな光景を多く目にすることが出来る。

 

農作業の合間に生じるおじいさん・おばあさんとの他愛ない交流や、季節になれば毎日のように行き交う山菜・きのこ・野菜の夥しいお裾分け、秋の収穫時には集落を巻き込んでの宴も開催される。獣による農作物被害が増えている最近では、集落の名人から獣害対策の方法を伝授してもらうこともある。その光景は、かつて農村の日常であったであろう世代を超えた交流の様子だ。そんな風に、地域の営みにどっぷりと浸っているザ・ライスファームからは、営利を追求する“会社”という堅苦しいイメージは感じられない。

 

農作業の休憩中、散歩をする集落のおばあちゃんと交流する様子

 

「米作り」から「街づくり」へ

 そんなザ・ライスファームが米作りを始めてから、5年の月日が流れた。ザ・ライスファームが次に計画するのは、過疎化が進む集落の活性化だ。そのためには拠点が必要と考えた彼等は、造りは立派だが空き家になっていた推定築125年の古民家を取得し、大々的な改修工事を進めている。古民家が完成した暁には、田舎移住や就農規模者の受け入れ拠点とし、また地域の伝統技術や文化、農業技術を継承する空間にもしたいという。

 

耕作放棄された水田での米作りを軸に、明治建築の古民家の再生と都市との交流、地域住民の雇用、集落から受け継ぐ獣害対策や伝統技術等が着々と進行中だ。一見地味だが、その行為は古きものと新しきものを繋ぎ合わせる繊細な縫合手術のようでもある。

 

古民家の完成予定は2022年3月末。新たな拠点を手にしたザ・ライスファームに、次はどんな展開が待ち受けているのだろうか。

 

ザ・ライスファームメンバーの集合写真。会社のようで独立独歩な雰囲気を感じさせる個性豊かなメンバーが揃っている
ページトップへ ページトップへ