長谷ってどんなところ?

2022.3月

山師料理人・長谷部晃さんが次に届ける文化は、「ジビエ加工品」


南アルプス仙丈ヶ岳の山裾に広がる長谷地域。なかでも奥深い杉島地区に、全国的に知られる古民家宿「鹿ジビエと山師料理 ざんざ亭」がありました。宿主の長谷部晃さんは、2010年に開業したざんざ亭をコロナ禍になった2020年3月から無期限休業。自身の生き残りを懸けて、この2年間、山師料理人としての活動を広げ、伊那谷の旬の恵みセットの発送、ジビエ加工品の開発、ジビエコラボ料理など、さまざまな挑戦を続けています。長谷部さんにしか作れない文脈で、送り出される商品の数々。今、長谷部さんが見据えている景色を聞きました。(ライター・田中聡子)

 

 

コロナ禍を転機に宿を休業

 

山師料理人を名乗る長谷部さん。長野県長野市出身で、幼い頃から山が身近にある生活を送ってきた。学生時代は生物学を学び、北アルプスの山荘で10年働くなかで、山岳救助隊も経験。その後、長野県南部の伊那谷に移り、林業を7年。この期間に狩猟免許を取得し、鹿や猪などの野生鳥獣を獲り、食べ始めたことをきっかけにジビエ料理人の道へと進んだ。常に自然に身を置いてきたのは、「山が好き、山とともにありたい」という心性があるからこそだった詳しくは、過去紹介記事→【ざんざ亭】「捕った命は全て肉」—鹿肉活用の道を探求する山間の宿

そんな長谷部さんが、山の価値を届けてきたのが「ざんざ亭」で、10年に亘って全国のファンから愛されてきた。鹿ジビエや山の恵みを活かす長谷部さんの料理を目当てに、年間700〜800人が訪れる人気宿。メディアでも繰り返し紹介されてきた。


 

しかし、20年3月、日本でもコロナ禍に突入したと同時に、長谷部さんは早々にすっぱりとざんざ亭の無期限休業を決めた。

 

それは、ここ数年抱いてきたジレンマに理由があったからだ。「日本には食材ハンターが何人かいて、全国の料理人に食材を送っている。希少な食材を料理していることに変わりない中で、身との差はなんだろう、自然の中にいる自分の料理は、それを活かしきれているのかと自分在り方に悩んできました」。そんな想いから、長谷部さんはコロナ禍を転機と捉え、宿から料理人に専従することに。商品の開発・販売に方向転換したのだという

 

「自ら汗をかいてこの地の恵みを届けるために、生活の柱を山に戻そうと思いました。これはある意味、私の原点に帰る事を意味します」。覚悟して決めた休業。それは、生計のほとんどを占めてきた宿の収入がストップすることでもあった。

 

 

伊那谷の旬の恵みセットを発送

惜しみない手間暇と唯一無二の料理であることを感じさせる、伊那谷の恵みセットのラインナップ。例えば、8月の1週目「鹿ソーセージ・コーン鹿団子・息吹館ニジマス山椒オイルマリネ・たまごとたまご(タマゴタケと草間舎卵)・アカヤマドリタケバターとマッシュポテト・アカヤマドリタケソースと夏野菜・色んなキノコのマリネと大根鬼おろし(ヤマドリタケモドキ、サクラシメジ、ウラベニホテイシメジ)・キノコ出汁のラタゥイユ(色んなキノコ出汁)・ヤマトイワナとキノコと枝(キノコはアミタケ、アンズタケ)・猪とハチクとセリの煮物(ハナビラタケ、シャカシメジ入り)」

 

まず取り組み始めたのが、インターネットを通じて販売する「伊那谷の旬の恵みセット」。自ら山に分け入り、食材を探し歩く。山で手に入れた食材と、信頼するジビエ処理所から受け取るジビエ肉、伊那谷生産者の無農薬有機栽培の野菜や地元の凄腕釣り師から届く川魚などを合わせて料理し、1週間に1回、10品前後を詰め合わせたセット(スタート時は2人前9,000円)を限定20食で発送。リピーターが付き、すぐに売り切れる人気ぶりとなった。

 

「宿ほどには収益が上がらないことはわかっていました。ただ、自分が山の食材を知るために、1週間に1度の発送をノルマと決めました」。山菜、野草、きのこを求めて、雨に濡れる日も、体調が優れない日も山に入り続ける日々。旬を大切に、この週にしか味わう事が出来ない料理があることを知ってもらいたいという想いを込めて。そうして、季節が冬になり食材が一巡りした頃、次なる展開が見え始める。

 

 

鹿カレーと鹿ソーセージを商品化

鹿カレーのルーのベースは、タマネギ、人参、にんにくをじっくり炒めて作り、信州味噌2種、酒粕、大豆、100%リンゴジュース、塩尻の赤ワインで味付け。野菜と鹿のペーストと、身近な地元素材を主とした旨味にこだわる。信州食材90%以上。ジビエ料理人らしく、鹿の処理によって食べ応えある柔らかなゴロゴロ感の鹿肉が味わえる

 

伊那谷の恵みセットを通して、加工品の一連の段取りや可能性を知るなかで、ざんざ亭の名物料理「鹿カレー」と「鹿ソーセージ」を本格的に商品化していくことを思いついた長谷部さんは、2020年冬から、レトルトの鹿カレーの開発をスタートする。

 

壁となったのは、ジビエを扱ってくれる加工所がないこと。管理されて育てられていない山肉を加工ラインに乗せることへの危惧から、加工所は受け入れを躊躇った。「ジビエに対するイメージがついてしまっているんですよ。火入れするので大丈夫なんですがね。でも、偏見との戦いには慣れています」。

 

そして、なんとか探し当てたのが、奥多摩に近い山梨県の加工所だった。それでも、下処理の手間がかかる鹿肉をはじめ、全ての工程を加工所のラインに頼ることができずに、 レトルトといえどほとんどの調理工程を自身で行い、加圧加熱殺菌を加工所に委ねた。


ラベルやパッケージの資金を集めるためにクラウドファンディングにも挑戦。2,309,000円、262口、115%と、早々に目標を上回り達成したことで、自信にも繋がった。1箱1000円。レトルトにしては高い値段で設定したからこそ、期待を裏切らない味とトレーサビリティを追求し続け、9ヶ月間改良を重ねて鹿カレーは完成した。

 

 

クラウドファンディングを終えて間もなく、今度は鹿ソーセージを販売してほしいという声が舞い込んだ加工肉を手がける会社で勤務し、伊那谷へと移住してきた酒井一優さんとの出会いもあって、鹿ソーセージの商品化も具現化していく。


機が熟したように出来上がった鹿カレーと鹿ソーセージは、道の駅 南アルプスむら長谷や産直市場グリーンファームなど、地元でつきあいのある店で販売をはじめた。これからもっと、販路を広げていきたいという。

 

 

2年間の試行錯誤を多くの人に届けていく

 

コロナ禍で、代表作2品を作り上げた長谷部さん。自身を表現する料理は加速を続けている。

 

伊那市ミドリナ委員会プロデュースで蕎麦の名店・壱刻と作り上げた「シカナンソバ」、伊那市のゲストハウス赤石商店で月1回提供する鹿の燻製スープを活かす「鹿うどんと鹿ラーメン」、長谷の道の駅ではじめる山や地元食材を素材とした「ジェラート」、さらには、惜しまれながら閉店した伊那市のそばがおやき「きょう庵」の蕎麦おやきの復活を担い継承した


長谷で有機栽培の輸出米を栽培する株式会社 Wakka Agriの新事業と提携する、「伊那谷ジビエ食堂」の構想も進んでいる。

 

 

山師料理人として、山でとった食材の素材らしさを活かすことを信条としてきた長谷部さん。凝り性の性格が、何でも真髄まで突き詰めることを後押しした。野生の味に出会って感動したジビエのおいしさを伝えたくて踏み込んだジビエの領域で彼の才能開花し、さらに進化を続けている。

 

「自分が感動した素材で、誰かが喜んでくれるなら、それは料理を作っている醍醐味。料理人は感動を生む商売ですから」。

間違いなく伊那谷の第一人者としてジビエ文化を開拓してきた長谷部さんもっと多くの人に届けるために、この2年間試行錯誤してきたジビエ加工肉の可能性について、「茨の道なんだけどやるしかない。やらないとわからないから」という

 

長谷部さんは、山の恵みを活かす料理を作り続ける。一般化していない未知なる味を伝え続けるそれは、文化を切り拓いていくことなのだと感じた

 

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