長谷ってどんなところ?

2022.3月

【入野谷在来のおそば】そば好きなら食べなくっちゃ!~信州三大そば名産地のひとつ「入野谷」。稀有な味と香りを持つそば在来種、復活の軌跡 《後編》

6粒からはじまった「入野谷(いりのや)在来」のそばは、2016年、長谷の浦集落にある2畝の畑に100gが蒔かれました。そば農家はもちろん、行政、そば店の店主など多くの人たちに大切に育てられた「入野谷在来」は20年に2トン、21年には3トンを収穫できるまでになっています。後編では、そうなるまでの軌跡と、長谷・高遠・伊那エリアで食べられるそば店のこだわりなどについてご紹介します。(産直新聞社編集部・中村光宏)

 

(※2022年2月28日現在、冬期や新型コロナ対応で休業中の店舗もありますので、各店舗に連絡し、営業をご確認の上、お出かけください)

 

強烈な風味に圧倒される

 

 かつての名産地、入野谷郷の名に因み、201510月に官民一体となって誕生した伊那そば振興会によって「入野谷在来」と名付けられた固有種の栽培が始まった2016年、100gの種は同会のメンバーが手塩にかけて守り育てた結果、秋には約18㎏もの収穫ができるまでに増殖に成功します。しかし山根さんは、収穫されたその種を見て「やはり大粒が多いなぁ」と感じます。

 

「実は、最初に試験場から300gをもらい受けた時から感じていたんですが、お年寄り衆が話していたような小粒には感じられなかったんです。そこで、それまで丹精してくださった試験場の方にお伺いしたところ、『収量の上がりそうな大粒の種を選んでおきましたよ』と言われました。我々は小粒が欲しいのにです。でも試験場のそんな選択は常識的に考えればご厚意以外の何物でもなく、しっかりと主旨をお伝えしていなかったことをただただ反省しました(笑)。それらが元ですから収穫された種は小粒から大粒までバラバラ。やはり大粒のものが多かったですね。本来のサイズは全体の4%程度でしたから、元に戻るまでには気の遠くなる道のりと覚悟しました」

 

試食会は大成功!

 同年、本当の「入野谷在来」としては規格外の大粒な種を使っての、そばの試食会が行われました。そのそばをつくるのは2012年から「壱刻」店主となっていた山根さんと、山根さんが試験場を訪問する際にも同行し、現在は同じく入野谷在来のそばを提供している高遠のそば店「ますや」店主のお二人だったのですが、試食会の当日、顔を合わせたお二人の間では「どうだった? このそば、すごくないか?」「ええ、驚きましたよ。こんなそばは見たことがない」という会話がなされたそうです。

「そばの味は、挽くときに9割がたは決まってしまうんです。緊張しながら挽き上げたそばを打つために水回しした時のことなんですが、その瞬間に、今まで嗅いだことのような強烈な香りに圧倒されました。その時の衝撃をご理解いただけるような適切な言葉がなかなか見つからないので、実は今までの取材では“ナッツのような香り”と表現してきましたが、実際はそんなものじゃない。私にはスパイシーというか、何かの香辛料の香りを嗅いだようにも思えました。『ますや』さんも同じように衝撃を受けられていたのです」

 そんな、誰も味わったことのないような強烈な芳香を放つそばの試食会はもちろん大成功を収めます。そしてそれは、山根さんの宿願だったそば在来種の復活が成った瞬間でした。

試食会の模様。美味い信州そばを食べ慣れている参加者にも、その圧倒的な香りと味は大好評でした

 

2021年の収穫は3トン

 現在、入野谷在来は、浦をはじめ杉島、柏木、中尾、黒河内など他の集落にも拡大した計4町歩の畑で栽培されています。長谷浦でオリジナルの原々種、杉島では出荷用そばの種になる原種、その他の畑で出荷用のそばをつくっています。そうした万難を排した栽培システムに加え、万が一にも交雑種ができないように、生産農家が種取りをしないなど規律をつくり、2017年に設立された入野谷そば振興会によってあらゆる面から厳格に管理することで、20年には2トン、翌21年には3トンも収穫できるまでになりました。

 

2畝ではじまった浦の第二圃場の開拓前の様子。交雑の心配がないことが分かります。現在は、この圃場を含めた1反2畝で原々種を作っています

 

「収穫が増えたとはいっても、まだまだ貴重なそば在来種ですから、本当に美味しく食べていただくために最低限、自家製粉ができるお店に限らせていただき、その中でもそばづくりに対してしっかりとした考え方を持っていると、高遠町のそば店などでつくる高遠そば組合で判断したお店を厳選させていただいて出荷しています。入野谷在来の地元、長谷、高遠、伊那エリアでは、現在9店舗のそば店でお愉しみいただけます」

 

 そばは挽き方で食味の9割くらいが決まってしまうことは先にお伝えしましたが、その9店舗は各々、自分たちがベストと考える方法で自家製粉しており、店ごとに異なる入野谷在来のそばを楽しめるそうです。

写真は試食会で提供された「入野谷在来そば」。濃厚な味と香りを彷彿させる色と艶

 

9店のそば店、味の競演

「例えば『壱刻』では、豊かな香りをできるだけ感じていただけるよう、たんぱく質や油分が多く含まれる甘皮を取り除くことはせずにすべてを入れて粗めに挽き、少しでも香りを損なわないよう敢えて水回しをせずに打っています。さらに茹で時間も最小限にし、氷で締めるようなこともしません。粗挽きでつなぎにくかったり、粗めの甘皮も入ってしまうことで、舌の上にややざらざらした感じが残ってはしまうのですが、風味は間違いなく一番感じていただけると思っています」

『壱刻』の店内にあるそば挽き機。1台は「入野谷在来」専用としており、味や風味が「信濃一号」のそばと混ざり合わないよう徹底されています

 

「また、その日の気温や湿度などによって挽き方を変えるのはもちろんですが、年毎のそばの状態でも変わるんです。だから新そばが入ってきたら、まず1回打ってみて、入野谷在来の特徴がもっとも活きる挽き方や打ち方を研究して決めています。例えば登熟期に気温が下がると、そばのデンプンのアミロースの割合が大きくなって、結果少し硬くなってしまうので、それらを払しょくできるよう努めています」

入野谷在来のそばは、香りや味が濃密で際立っているため、それを活かしながら自店らしさをアレンジし、付加するのは至難の業。そば店にも高度な技術が要求されると山根さん。長谷を訪ねられたら、是非9店のそば店の味の競演を愉しんでみてください。そば好きはもちろん、そうでなくても、他では絶対に味わうことができない特別な想い出になること請け合いです。

 

 

〔話してくれた人〕

「高遠そば 壱刻」店主 山根健司さん

兵庫県出身。大学卒業後、大阪本社のメーカーに就職。1995年の阪神淡路大震災での被災をきっかけに町づくりの重要性について考え始め、人や自然との関係性を見直すことにより、お金に頼り過ぎない社会モデルづくりを目指す。2003年、長野県伊那市高遠に移住。

 

「入野谷在来」が食べられる長谷・高遠・伊那のそば店

杣蕎麦

長野県伊那市長谷中尾1034

0265-98-2755

 

壱刻

長野県伊那市高遠町西高遠1696

0265-94-2221

 

華留運

長野県伊那市高遠町西高遠1621-1

0265ー94-4277

 

ますや

長野県伊那市高遠町東高遠1071

0265-94-5123

 

紅ざくら

長野県伊那市高遠町東高遠1656-1

0265-94-5580

 

きし野

長野県伊那市東春近22-5

090-9993-4622

 

こやぶ

長野県伊那市中央4498-6

0265-72-0333

 

こやぶ竹聲庵

長野県伊那市西箕輪 6563

0265-78-9966

 

梅庵

長野県伊那内の萱7088-2

0265-76-5534

 

※他に、県外(市外)にも数店舗の「入野谷在来」を食べられるそば店があります。

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