長谷ってどんなところ?

2021.3月

【長谷プロジェクトその3】先人が未来へ託したバトン

父の法要と書類の片付けで何度となく故郷に訪れているうちに、いつのまにか、あちこちから虫の声を 耳にする季節に変わっていた。季節の移ろいは待ったなし。里山に入ると、抵抗しえない自然の営みの中に人の暮らしがあることを実感する。山狭にある長谷では、夏に日が落ちると山の峰から涼しい風が山並みをなでるように降りてくる。夏場は、盆地に溜まった熱を谷底に吹き流し、夜の田んぼは漆黒の中に静まる。夜間に大気が冷え、稲穂に露が宿って朝がくる。寒暖のメリハリのある環境の中で、日々お米が育っていく。適地適作とはよく言ったものだ。米作りには、その年の自然が与える要因が大きい。今年は、早くから頻繁に到来する台風に農家は悩まされているが、生産者が最後の収穫まで笑顔でいられることを祈るばかりだ。

(産直新聞社編集部・丸山祐子)

 

長谷の峰には、南北に貫く全長13㎞の「一貫水路」(昭和44年完成)が走り、三峰川から直接有用な水を運んでくれる。三峰川が暴れ川と呼ばれていた昔、4水路(鷹岩用水、山室用水、非持山水路、非持水路)から田に水を引いていたそうだが、この一貫水路が完成してから安定した農業ができるようになったという。前号に記した「地盤の整備」同様にこの「一貫水路」は、地域の住民が子孫の稲作りを見据えて取り組んできた功績だ。

 

耕作してみて、見えてきたこと


私は、最近になって吉田さんからある悩みを聞いていた。「水を引き込みたい時に限って、用水路にはちょろちょろしか水が流れていないことが多いんです」吉田さんが借りている田んぼは、農道を下った尻尾にある。そこは用水路の最終地点だ。一貫水路は整備されているし、水は豊富なはずなのに…。生前父から水の悩みなど聞いたことがなかった私は、同じ田んぼなのに不思議に思い、親戚のおじさんに聞いてみた。

「そういうことはあるよ。ほとんどが兼業農家だから、出勤前の朝早い時間に水を引き込む衆が多いんだよ。おそらく、吉田君の時間が周囲と重なっているんだね。同じ水路を使う同士で相談しあって、水を融通しあって解決している。例えば、吉田君が、皆が水を止めている時間帯に水を引くとか、それが無理なら、頼んで融通してもらうとかしたらいい。ここらでは、地域単位で相談しあって行動しないとうまくいかないよ」ということだった。

集落の農業は、個人で田んぼを所有していても、水を引くのも、人手が足りない時に助け合うのも、地域で一体となって運営されている。そこには会話をしないとわからないルールがある。しかし、住居も遠く、田んぼのこと以外には足を運ぶこともない吉田さんにとってコミュニケーションを取りづらい。ましてや、化学肥料や農薬を使わないという周囲と違った方法の米作りに遠慮があるかとも思う。しかし集落農業は、地域とのつながりなしでは進まないのだ。それは、父がいてくれたら解決したと思う。まずは、周辺の誰でも呼び止めて、コミュニケーションをとっていく図太さが必要なんだ。

 

住民たちも頑張っている

「この周辺の人達は、それまで、自分たちが食べる分だけ作って、食べきれん分はぶちゃって(処分して)いたんだ。農産物を売るなんてことは無縁の衆たちだったから、穫れたものを商品にするノウハウが全くなかった」

直売所ができたことで、農家のおばちゃんの気持ちも若返り、楽しみが増えたという。

 

村の人は 案外保守的だ

話は戻るが、父の法要時に羽場さんから「祐子が書く長谷の現状は本当の事だけど、限界集落とか過疎とか書かれちゃうと胸が痛むんだよなあ」(羽場さんは読者の一人)とさびしそうに言われたことがずっと気になっていた。

父もそうだったように、羽場さんも、高齢化、過疎化が進む自分の集落を憂いている。「この先、村がなくなってしまうのではないか」と不安を抱き「村を次の世代に残すために何かをしなくてはならない」と焦っている。しかし、それを外から指摘されると面白くないのだという。

「決まった人間関係もあるし、やり方もある。その序列を壊したくない」と羽場さんは語る。できることなら村の存続と発展は、昔のように村の中だけで解決できたら、それが1番いいのだが、そうはいかない厳しい現実がある。

 

自助自立の気持ちが大事


羽場さんは、自分でできる範囲で他人の田んぼを請け負って米作りを続けているという。5反歩程の米作りをしている。ここでは、できる人ができる量で助け合っているが、徐々に人は減り、放棄地が増えていくのだという。

「まだ落ちぶれちゃいないぞ!」という羽場さんも御年72歳だ。

その他に、空いた田んぼを活用して東京近郊に住む消費者を招き、田植えと稲刈りの民泊体験で米作りを行っている。今年で8年目になるという。「親戚以上の深い付き合いになってきた」と嬉しそうに集合写真を見せてくれた。道の駅での米の売れ行きも、ここ5年で1・5倍に増えたという。

それでも、「過疎化」と「耕作放棄地」が進行する中では、今を凌ぐだけで抜本的な解決にはなっていない。

「あとは、次のリーダーに任せるよ」と複雑な表情をしながら語っていた。

 

暮らす人の心の在り方

今回、お話を伺いながら、事態は深刻なのかもしれないけれど、全力で地域のお年寄りが頑張っていることは大きな支えになると感じた。手だてを考えることは大事なことだが、その前に、住民の心の在り方って大きいと思うのだ。

厳しい現実を前に、誇りを失わず元気に活動して、自助自立する気持ちのお年寄りが大勢いる集落は、きっと存続できると信じたい。

 

※この記事は「産直コペルvol.20(2016年11月号)」に掲載されたものです。

 

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